競輪選手になるため走り始める近谷涼、ワールドカップでの表彰台が彼の競技人生を2度変える

TEAM BRIDGESTONE Cyclingの近谷涼は、2021年5月11日から、競輪選手になるため、日本競輪選手養成所に入所します。

TEAM BRIDGESTONEの初代アンバサダーである近谷は、2020シーズンはキャプテンとしてチームの士気を高めてきました。
さまざまな制約があった昨シーズンは、シーズン初頭に手首を骨折してしまいました。しかしそれをバネにする形で後半には、トラック、ロードレースともに目に見える形で結果につながる走りを見せました。

特に、自身の得意種目であるトラックの4km個人パシュートでは、全日本チャンピオンを3年ぶりに、大学の先輩であり最大のライバルでもあるチームメイト窪木一茂から奪還。ロードレースでは勝利を呼び込めるアシストとして尽くしました。

レポート→2020トラック全日本選手権 11/8 男子個人パシュートを近谷が勝利、窪木は2位に

レポート→2020年を振り返る/トラック全日本選手権 世界一になるための日本一への軌跡
  ●近谷涼が個人パシュートをはじめ3種目に勝利

レポート→2020年を振り返る/ロード、辛い期間を通して目覚しく成長した若手が活躍
  ●チームとしての展開で、徳田と近谷のアシスト/サポートが際立つ

→チームブリヂストンとは
  ●ブリヂストン・アスリート・アンバサダー 近谷 涼


競輪選手になるというのは、近谷が長く抱いてきた夢でした。

「この間、実家に残っていた幼稚園の卒業文集をみたら『競輪選手になりたい』って書いてあったんですよね」(近谷)
その幼い頃からの夢の実現に向かって、近谷は大きな一歩を踏み出します。


ワールドカップでの表彰台が近谷の競技人生を2度変えた

2017年12月、UCIトラックワールドカップのチームパシュート競技。近谷涼を含む4名の日本選手は、このレースで、チームパシュートで日本チームは初のワールドカップ表彰台に立ちました。

この時に予選で出したタイムは3分59秒071。当時の4分3秒台という記録からから4秒近く縮めた日本記録を出しての、初表彰台でした。

「これが全ての始まりみたいなものでした」と近谷はこの成績を振り返ります。

そしてこのワールドカップでの表彰台が、2度にわたり近谷の競技人生を大きく左右します。

1度目は、ここから東京2020オリンピック出場に向けて、本格的に走り始めたこと。
そして2度目が、この表彰台が結果的に、近谷を競輪選手になるための近道になったこと。

チームパシュートでの記録更新を担ってきた近谷

オリンピック出場枠を獲得できるポイントを獲得できる2年という期間の間、近谷はチームパシュートメンバーの一員として、東京2020オリンピック出場に向かい言葉通り全力疾走しました。

その間、日本チームは成長し続け、チームパシュートのベストタイムを更新、日本記録も更新していきました。

これまでの4kmチームパシュート・日本記録達成の流れは、次の通りです。
これら記録更新の機会はすべて、近谷はメンバーとして走っていました。

  • 2020年2月26日 3分52秒956(沢田桂太郎、今村駿介、窪木一茂、近谷涼)世界選手権・ドイツ
  • 2019年12月6日 3分56秒287(沢田桂太郎、今村駿介、窪木一茂、近谷涼)ワールドカップ第4戦・ニュージーランド
  • 2019年9月16日 3分57秒488(窪木一茂、橋本英也、今村駿介、近谷涼)全日本選手権・JKA250バンク
  • 2018年2月18日 3分57秒801 (一丸尚伍、近谷涼、沢田桂太郎、今村駿介)アジア選手権・マレーシア 
  • 2017年12月11日 3分59秒071(今村駿介、近谷涼、一丸尚伍、沢田桂太郎)ワールドカップ第4戦・チリ
  • 2016年1月27日 4分3秒819(窪木一茂、一丸尚伍、近谷涼、原田裕成)アジア選手権・伊豆ベロドローム 



東京2020オリンピック出場という夢に向けた最後のチャンスだったのが、2020年2月のUCI世界選手権。
この予選で日本チームは3分52秒956、3ヶ月前に出したタイムを3秒以上縮める日本新記録を出します。

しかし、それでも予選結果は9位。上位8位までの本戦には進めず、獲得ポイントもオリンピックの出場枠獲得には足りません。東京2020オリンピック出場の夢は、叶いませんでした。

それでも自分たちが今できることをやり切った近谷を含む選手たち、悔しさを交えながらも達成感を見せていたのが印象的でした。

→レポート チームパシュート/日本記録を3秒以上更新するも、東京2020オリンピックへの挑戦をここで終える【2020UCIトラック世界選手権】

そしてオリンピック出場に向ける原動力となった2017年のワールドカップ表彰台が、ここでもう一度、近谷に大きな影響を与えます。それが結果、競輪選手養成所の特別選抜試験を受けられる資格を与えたのです。受験を志願した時の近谷自身は知らなかったことでしたが。

近谷の養成所合格を発表した記事には、下のようにあります。 →http://keirin.jp/pc/topicsdetail?nnum=7323

[第121回生(男子)特別選抜試験]
・近谷 涼(チカタニ リョウ) 2017年 UCIトラックワールドカップ第4戦 チームパシュート 2位

「また、本委員会にて2020年10月30日(金)までに応募のありました特別選抜試験受験者(世界規模の大会で優秀な成績を収めた者)1名(近谷 涼[チカタニ リョウ]・富山)を第121回(男子)選手候補生入所試験合格者として決定いたしましたので、併せてお知らせ致します」



幼稚園の頃からの夢、競輪選手になるため走り出す

子供のころからの夢を追って、ここまできた近谷。これまでの人生の選択肢の中で、競輪選手になる道を考えることが何度かあったといいます。

高校を卒業するときは、高校生活で獲れなかった日本一を獲りたい、という夢を追いました。
大学で個人パシュートで日本一を取り、そのタイミングでオリンピックの発表が。
東京2020オリンピックに出場するという夢が、競輪への想いを覆い隠していきました。

そしていま近谷は、競輪選手になるという幼い頃からの夢に向かって歩み始めます。近谷のコメントです。



ーーいま、競輪選手への道を選んだ理由は?

「いま(競輪選手養成所の試験を)受けなかったら、もう今後受けることはないだろうと思いました。去年のコロナ禍もあり、自分の進路というか、競輪への挑戦を考えることが多くなりました。

パリ2024オリンピック出場はもちろん目指すのですが、ここで行動しなかったら、パリが終わった後に後悔するだろうなと考えました。直感的な気持ちです」


ーーパリ2024オリンピックに向けて

「自分は自分なりに、養成所に入っているあいだにも強化できるところがあると思っています。短距離が苦手な部分ではあります、これまでDHバーを握る種目を多く走ってきましたので。

自分に足りないところを補いに行くという考えもありますね。ロードトレーニングも強度を高く行なっていくと、短距離の結果も上がってきます。その逆もそうで、お互いに高め合っていける部分があるんです。それに短距離では、まだ上限を上げていける伸びしろがあると思っています。

だから自分の自転車競技者としての可能性に賭けています」


ーー自分の夢に向かって走り出す、その意気込みを

「楽しみしかないですね。これまでに言葉に出してきた夢をしっかり歩んでいけると感じていて、とても充実しています。なかなか言葉では言うのは簡単ですが、行動に移すのは難しいものです。思いを理解して自由にやらせてもらっていることには、感謝の気持ちが大きいです。

5月11日に入所して、出るのは2022年の3月1日を予定しています。一回チームを離れますが、これからの道を応援してくれている環境に感謝です。今年9月にあるトラック全日本選手権に出場する予定です。そこで強さを見せたいと思っています。

入所することで失うものも多いですが、その分得られることも多く、自分自身が成長することも多いと思います。これまで選んできた道は、自分の競技人生にプラスになっているはずです。結果は誰も読めないので、一歩一歩確実に積み上げただ着実に成長していく、それが大事かなと思います。成長すれば、結果はそれについてきます」


夢に向かって新たな道を走り始める近谷。
短距離の力も身につけてさらに強くなり、共にメダルを狙う日をチームは楽しみに待っています。


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