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開発ヒストリー
『東は東、西は西。2者決してあいまみえず・・・
しかしふたりの強い意志の男が向い合うとき、東もなく、また西もなし・・・』
―英作家詩人ルドヤード・キップリング
イギリス・ウイルトシャー州ブラッドフォード・オン・エイヴォンの荘園で東西の2者が出会った。
 
     
 東西2者の出会い

2年前に遡る。小径ホイール車シリーズ“トランジット”を発売したブリヂストンサイクルは、市場に一角を築きつつある小径ホイール車には、より大きな可能性があると判断していた。さらなる成長のためには、新しいコンセプトによる高いブランド性を有する個性的なモデルが不可欠である。ブリヂストンサイクルの新しい小径ホイール・プレステージ・ブランドの模索がはじまった。
 アレックス・モールトン博士は、自転車専門誌に紹介されたブリヂストンサイクルの小径ホイール車に興味を抱いた。「日本のメーカーの興味あるフレーム形態と前後サスペンションを備えたバイクだった。当時私が開発していた“ニューシリーズ”と、メカニズムの違いはあったが、基本的には私が40年前に確立した小径ホイール車のコンセプトと共通 するものがあった」と想起する。
 そしてある日、アレックス・モールトン博士は、イギリス・ブラッドフォード・オン・エイヴォンの自邸・研究室“ザ・ホール”に、新世代の個性的スポーティ小径ホイール車コンセプトを探究するブリヂストンサイクルからの訪問者を迎える。イギリスの技術者魂と日本の最新開発製造技術を擁する2者の出会いである。1999年初頭、共同企画、仮称“Pプロジェクト”が発進する。
 当時、モールトン博士は、すでに超高級車ニューシリーズ・モールトンの頂点モデルとなる独自モデルの開発に取りかかっていた。「正直にいって、はじめはブリヂストンとのPプロジェクトをどのようなクルマにするかは、見当もついていなかった。私自身の自転車との重複では新たにやる意義がない。小径・高圧タイヤ、サスペンションの基本は守るが、それ以外はまったく別 のコンセプトであるべきだ。」
 「そこでインスピレーションがひらめいた。なぜ原点に戻らないのか。第1世代モールトンは、本質的に優れた機能と魅力あるデザインの小径ホイール車であったが、外的情勢で進化を中止せざるをえなかった。その10年後、私が発表し現在にいたる第2世代においては、非常に高価で技術的に複雑な設計と製法による少数手作りの超高級車に転じることになった。」
 基本を見つめ革新するエンジニア、アレックス・モールトンにとり、シリーズ1への原点回帰は、見果 てぬ夢であったのだ。
両者が合意したアプローチは、モールトン第1世代Fフレームの“リ・エンジニアリング”である。RE-ENGINEERINGの“RE”には、最新設計、解析、開発、試験技術を駆使しての原点コンセプト再現の意図とともに、モールトン博士の“正しき基本コンセプト”のRENAISSANCE=ルネッサンスの願いが込められていた。
 Fフレームとは、大径楕円断面メインメンバー、ステアリングヘッドとシートポストがアルファベットのF字形を成すことからきた名称だ。“ステップスルー”の形容の通 り、低いメインフレームゆえに、乗り降りが容易である。   
 
英国で産声を上げたモールトン第1世代型が日本に渡り、リ・エンジニアリングされて再び英国の地に戻った。写 真はブリヂストン/モールトンプロトモデル。
イギリスの技術者魂と日本の最新開発製造技術を擁する2者の出会い。
技術と文化の垣根を超えるエンジニア魂

 モールトン博士から、第1次図面が届き、ブリヂストンサイクルの技術者がそれに対する改善の提案を持ち、ブラッドフォードを訪れた。3日間のぶっ続けの論議を通 じ、コンセプトの要点がしぼられていった。「まさに白熱した論議が展開した。博士の技術に対する執念はすごい!」とは、ブリヂストンサイクル側。博士は告げる。「たしかに日英技術文化の仕事のやり方には違いがある。ブリヂストンの解析と試験に対するきびしさは、尊敬に値する。お互いのやり方は、おおいに勉強になったと思う。プロフェッショナル・エンジニア2者が集う時、かならず課題、問題の解決の道は開ける。」
 面白いエピソードがある。ブリヂストンサイクルからの実験データ報告に、日本では当たり前の評価方法『○・×・△』を記入した。折り返し問い合わせがきた。「あの奇妙な符号は何か?」欧米では、『グッド・フェア・プア』なのである。
 新型車は、優れた走行安定性と操縦性を両立するため、小径ホイール車としては異例に長い、ほぼ通 常径ホイールの軽快車に匹敵する1080mmのホイールベースを持つ。
 軽量こそ高効率への最短の距離だ。F型フレームは、アルミ押し出し材溶接構造とする。モールトン博士は、彼の小径自転車構想期に、多種のフレーム構造を検討試作したが、その中にはアルミモノコック、航空機のようなアルミ成形リベット止めフレームなどがあったが、当時のアルミ技術では十分な強度が得られなかった。以来、モールトン博士は鋼材こそ最適のフレーム材として使ってきた。博士は、ブリヂストンサイクルの持つ最新のフレーム設計技術とともに、押し出し成形後の熱処理による強度確保と最新の溶接技術に納得した。そして新型車アルミフレームは、高剛性と2.9kgの軽量 を実現している。
 タイヤは、ブリヂストンのタイヤ設計開発技術を結集した、まったく新しい専用サイズである17×1-1/4高圧タイヤとする。ちなみにモールトン博士の第1世代自転車は16インチを採用している。新タイヤは、空気圧を通 常の2倍である7kgf/c?に設定し、ゴム配合、トレッドパターンとの総合技術で、転がり抵抗を通 常軽快車用タイヤ比で27%低減している。これは、乗員を足した自転車の総重量 を15~18kg軽減したのと同じ効果をもたらす。
 
イギリスの技術者魂と日本の最新開発製造技術を擁する2者の出会い。
 
 
 
リ・エンジニアリング

●フロントサスペンション
新型車の設計開発には、3つの構造要件があった。フロント・サスペンションは、単筒テレスコピック(望遠鏡型)の進化型とする。モールトン博士の第1世代では、セレーション(回転を伝えるギザギザ)を刻んだ内筒とナイロンベアリングにより操舵力を伝える構造であった。博士自身、この構造は摺動による摩擦抵抗を生じ、経年摩耗によるガタが発生する短所を承知していた。
ブリヂストンサイクルが着目したのは、博士自身が初期試作車に用いた航空機前輪の操行機構、“トグルリンク”(蝶つがい)である。モールトン博士は、このアイデアにひざをたたいた。彼の親友であった名航空機設計者、故H.G.コンウエイがリンクの基礎理論を確立している。これを新材料・製法で実現する。機構的には贅沢であるが、博士がブリヂストンサイクルの技術者たちに力説した「フリクション(摩擦)こそ、われらの大敵」の大部分を克服することができる。
 精密構造のテレスコピック部分は、インナーステム外側のハードクロームメッキ・バフ仕上げ、含油樹脂ブッシュの採用で、フリクションを低減している。さらにモールトン/コンウエイ理論による寸法設定もフリクション低減に寄与する。すなわちフロントサスの摺動部分とフロントフォーク長との比を1:1.4とする。
 ウレタン系エラストマー6個と低摩擦スペーサー6枚の多層スプリングを用い、プログレシブなバネ特性を得ている。フロントサスのストロークは、50mmと大きくとったこともモールトン博士の哲学と小径ホイール車設計の実績から生まれたものだ。

振動により上下に動く内側と外側の部分の回転を伝える方法として、 シリーズ1はセレーション(ギザギザ)を採用したが、ガタが発生しやすかった。ブリヂストン/モールトンは、 外側と内側をリンクで回転しないようにした。内部の擦れあう部分が滑らかになり、摩擦を大幅に低減した。

●リアサスペンション
 一方、リアサスペンションは、ブリヂストンサイクルが新設計した。博士の初期提案は、シリーズ1型のシアー(剪断=ずれ変形)とコンプレッション(圧縮)両方に働くゴムスプリングを用いた、比較的短いアーム長のサスペンションであった。ブリヂストンサイクル技術者は、リアサスピボット(回転軸)とゴムスプリングの距離を大きくとり、コンプレッション型スプリングと長いアームを用い、フロントにマッチする充分なストロークと製造精度を確保する構造を主張した。
 博士も自製の第1世代後期型と第2世代では、コンプレッション・スプリングに変えている。ある日の二者会議で、博士はポケットから円筒形のゴムスプリングを引っ張りだした。「どう思う?」ブリヂストンサイクルは、ゴムと独自のウレタンスプリング技術の両方で進めていた。たしかにゴムは見栄えがいい。「形はいいですね」が答え。

シリーズ1型
シリーズ1型のシアーと(剪断=ずれ変形)とコンプレッション(圧縮)両方に働くゴムスプリング。
ブリヂストン/モールトン
ブリヂストン/モールトンが採用したコンプレッション型スプリングは、フロントサスペンションとマッチするストローク量 を確保することができる。

●ダブルフジ
 (株)ブリヂストンの防振ゴム技術部門との協力で、新しいゴムスプリング・ユニットを設計することになった。構造的には、ゴムスプリングの荷重による変形を抑えるため、まん中にアルミ板を接着している。円筒型の場合は、接着部分に力が集中する不利がでる。ブリヂストンは、応力を緩和するため、ゴム部分の腹に逆Rをつけた。ちょうど富士山が水面 に映ったような“ダブルフジ”の形状だ。逆R部に力がかかると直線となり、集中力を緩和しながら、自然なバネ特性を出す。
 2000年夏、ダブルフジ試作品を持ってブラッドフォード・オン・エイヴォンを訪ね、このスプリング・ユニットを採用することで合意した。翌朝、モールトン博士が声をかけてきた。「このスプリングはたいへん興味ある。置いていかないかね?」
 リアサスペンションも、フロントにマッチしたたっぷりしたストロークが要件である。生産車では40mmを確保している。

モールトン博士がいたく興味を持ったバレルタイプラバークッション。 「ダブル・フジ」形状の緻密に計算されたわずかな逆Rと、2層式の構造が高性能を発揮する。

 
モールトン博士の友人であるH.Gコンウェイの名著の1ページ。 航空機前輪の操向システム“トグルリンク”が見える。ブリヂストン/モールトンのフロントサスペンションは同様のシステムを採用。
ブリヂストン/モールトンの開発に欠かせなかった実走テスト。 プロトモデルが完成する度にテストが行われ、最終型へと進化させていった。 モールトン博士の走りは、年齢を全く感じさせないほどだった。 また、モールトン博士いわく「この自転車に乗るときは、決してサドルの後ろから足を上げて乗ってはいけません。 ステップスルーのフレームをまたいで乗りなさい。」
●フレームデザイン
 機能とともにデザインを重視するモールトン博士は、原型シリーズ1の直線メインフレームから上反りの弧 を描くサスペンション・アームにかけて流れる連続ラインが気に入っていた。新ブリヂストン/モールトンでは、サスペンション機能を重視したフレームとアーム間には段差がある。「フレーム後端の断ち切った形状がぎごちない」と博士がコメントする。ブリヂストンのデザイナーが一案を考えた。後端を斜めカットし、あたかも“燕尾服”のテールのようなスタイルとする。モールトン博士は、「ブリヂストンサイクルの“くちばし”だ!いいね」と破顔した。
 博士のもうひとつのこだわりは、リアブレーキ位置であった。当初は、ストレートなスイングアーム下部にブレーキを取り付ける設計であった。「ブレーキを下に置くなど美的感覚に反する」と博士の異論。ロードレーサータイプのブレーキを上に付けるためには、アームを曲げねばならない。かくして、博士のシリーズ1を彷彿とさせる、優雅に弧 を描くリアサスペンションが出現した。

モールトン博士が「ブリヂストンのくちばし」と破顔したフレーム後端。

●分割式へのこだわり
 新世代ブリヂストンサイクル小径ホイール車は、乗用車のトランクに収まる“カーバイシクル”を意図し、モールトン博士は全面 的に賛意を表した。歴代のモールトンには、かならずセパラブル=分割式のモデルがあった。
 一方、ブリヂストンサイクルは、フォールディング=折り畳み式の小径ホイール車を得意とし、当初は共同開発車も折り畳み式で開発がはじまった。
 折り畳み式を試作したが、モールトン博士は、分割式を主張する。なぜか。小型乗用車こそ、もっとも道路を効率的に利用できるというのが、博士の持論である。博士の最初の生産型シリーズ1の“ストアウエイ”分割タイプは、アレック・イシゴニスのBMC第2作、ADO16ことオースチン/モーリス1100のトランクにすっきり納まった。小型車のトランクに収めるには、平たく収納できる分割式が断然有利である。
 ブリヂストンサイクル側は、モールトンであることは、分割式であるという博士のこだわりを尊重した。ブリヂストンサイクルのテスト基準である数十万回のひねり試験に耐える強固な分割方式を造り上げる。接手の雄部はソリッドのアルミ材をフレームに特殊溶接している。楕円断面 の雌部の上下には、固定のための山状の突起を設けてある。脱着は、備え付けのアーレンキーでフレーム上部のボルトを緩め、締める簡単な方法だ。また、コンパクトな収納が分割式の目的なので、ペダルもワンタッチ脱着機構を採用した。
実走テストですべては決まる
 新ブリヂストン・モールトンの開発においては、卓越した動的性格=ダイナミックスを追求した。ロングホイールベースにより優れた安定性を図る。通 常車の2倍の空気圧の新設計タイヤの転がり抵抗は、非常に小さい。そして前後サスペンションによる良好な乗り心地。操縦特性は、スポーティな切れのいい味を狙う。サスペンション・ジオメトリー(設計寸法)は、博士の長年の小径ホイール、サスペンション車の知識の蓄積と、少数製作高級高性能車における実績がものをいう。キャスター角度は博士のセオリー通 りに、やや立った角度で設定し、トレール量は可変機構をもつ試作車で詰めた。
 博士が強調したのは、前後サスペンションのバランスだ。サスペンションのフリクション・チェックと前後の沈み量 最適化のために、“レーティング・テスト”の実施を求めた。これは静的な状態で乗員位 置に荷重をかけて、前後サスが平均して沈むかを確認するチェックである。これに対し、ブリヂストンサイクルは、体重の軽い人から重い人まで数人を実際に座らせ、サスペンションが落ち着いたところで計測する動的テストを行った。モールトン博士も、このテスト結果 に満足した。
 その他、解析、シミュレーションなど、最新技術を用いて開発を進めたが、最終的な決め手は実走テストである。モールトン、ブリヂストンサイクル両サイドが日本、そしてイギリスで走行テストを繰り返した。 
 ブリヂストン/モールトンのハンドル幅は450mmであり、通常の500~550mmに比べ狭い。これは小径ホイールの操安性にマッチした幅であり、モールトン博士の理論と実践の産物だ。博士の操安性の評価は、それぞれの手の指一本をハンドルに添えて乗る。「手でハンドルを握ったら、微妙なバランスは判らない。舵の切れ味の鋭さと、優れた安定性を両立させる特性こそ目標」が、博士の哲学であり、かつ自信領域のチューニング手法である。(文/山口京一)
  
 
モールトン博士の第1次提案図。シアー/コンプレッション・スプリングサスペンションのアーム構造と、 メインフレーム後端断面 。博士独自の計算設計により裏付けされた形状提案である。
直線メインフレームから上反りの弧を描くサスペンション・アームにかけて流れる連続ラインが美しいシリーズ1。 モールトン博士のデザインへのこだわりがうかがえる。
博士のこだわりを受けて、優雅に弧を描くリアサスペンションのスイングアーム。ブレーキ位 置は上となっている。
※写真はイメージです

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