ブリヂストン アンカーが
フランスで戦う理由

RACING UNDER BRETAGNE SKY
Text & Photo by Kei Tsuji

春から夏に向かう4月下旬だと言うのに雲は低く、太陽は遮られ、風は強く、体感気温は低く、ダウンジャケットを着込む気候。開催50回目という長い歴史をもつ1週間のフランスレースに出場するブリヂストンアンカーに、3日間という限定的な日程ではあるが、フォトグラファーの辻啓が帯同した。

bretagne2
  • bretagne3
  • bretagne4

「ブルターニュ一周」レースへの出場

ブルターニュは風が強い。ざっくり言って四角に近いフランス本土の左上の角、大西洋に突き出た半島のほぼ全域がブルターニュ地域圏と呼ばれるエリアだ。いくつもの風力発電の風車を眺めながらヴァンヌのメルキュールホテルに着くと、駐車場で中山直紀メカニックが手際よくバイクの最終調整を行っていた。

フランス中部オーヴェルニュ地域圏のクレルモン=フェランにあるチーム拠点から700kmの移動を経て、前日にブルターニュに到着したブリヂストン アンカー サイクリングチームの一行。ツール・ド・ブルターニュに出場するためだ。開催50回目という長い歴史をもつ1週間のフランスレースへの出場。春から夏に向かう4月下旬だと言うのに雲は低く、太陽は遮られ、風は強く、体感気温は低く、ダウンジャケットを着込む気候。

bretagne5

クレルモン=フェランに拠点を置いて活動するブリヂストンアンカー。2016年は海外で年間11レース、日数にして45日間レースをこなした。そのため日本のレースシーンで一年を通した姿を見ることは少ないが、全日本選手権のロード(初山翔)とタイムトライアル(西薗良太)でダブルタイトルを獲得したことはご存知の通り。ヨーロッパで力を磨き、日本でその力を披露する流れはチームの黎明期から一貫している。この「ブルターニュ一周レース」には2年連続の出場となる。

チームカーとチームバン(選手の移動や機材搬送、補給地点への移動を担う)に分かれ、選手はチームスタッフは開幕地であるブルターニュ南部キブロンに向かった。チームカーの運転席に座るのはフランスに生活を築き、むしろ日本にいることが少ない水谷壮宏監督。バンよりもずっと座り心地のよい後部座席には、エースの内間康平とトマ・ルバがいる。

bretagne6
  • bretagne7
  • bretagne8

厳しいレースの中での結果こそ重要

フランスでのレース運営は、日本でのそれとは様相が少し異なる。レース主催者や地元警察は決して多くない人数ではあるが、慣れた手順で、UCIクラス2のレースを運営する。ラインレース(スタートとフィニッシュが別の場所のレース)ながら交通規制は最小限。通過する街が規制の影響を受けるのは10分足らず。先導する警察モーターバイクがテキパキと対向車両や横断車両を止め、レースを滞りなく前に進めていく。

徹底的に交通を規制して行うツール・ド・フランスのような巨大レースに慣れていると、このレースでの素っ気ないというか予定調和のようなレース運営進行に面食らう。つまりそこには、語り尽くせないほど長く深いロードレースの伝統と理解があり、ブリヂストン アンカーはそこに身を投じている。ヨーロッパを覆う景気の悪さからバタバタとレースが畳まれているとは言え、その土地に刻まれてきたロードレースという深い文化を、やはり感じずにはいられない。

地元フランスのUCIプロコンチネンタルチームやUCIコンチネンタルチームに混ざって走るブリヂストン アンカージャージ。
「ヨーロッパでのアジアチームは常に厳しい目で見られていることは、自分が現役時代から変わってない。ツール・ド・フランスに出場するチームと参戦するレースなどでは、体制や機材とチームカー、バスなどで大きな差を感じることも多い。反面、成績が出れば他のヨーロピアンチーム以上に評価され注目される事もあり、厳しいレースの中で結果は重要なんです」と、チームカーのハンドルを握る水谷監督。

bretagne9

『強豪』の数は日本の100倍以上

日本人選手たちはシーズンの半分をクレルモン=フェランのチーム拠点で過ごしている。そこで水谷監督が期待するのは「ヨーロッパの全てを吸収すること」だ。

「語学力の向上はもちろんですが、それよりも私自身は選手に対して自転車と練習に集中して貰いたいと思っている。一番大事なことは、本場ヨーロッパでレベルの高いレースに参戦し、全てを吸収して貰うこと。例えば日本のレースでは有り得ない位置どり争いや、横風区間での走りがここにはある。『強豪しか残れない1レース』であっても、その強豪と言われる選手の数は日本の100倍以上。そこで厳しいレースを走り切って成長してもらうのが最大の目的ですね」。

bretagne10
bretagne11
bretagne12
bretagne13

イタリアでもベルギーでもなくフランスで活動するのは「走った経験のあるレースが多いので活動しやすく、選手にも充実したサポートができる」という理由からだ。それだけではなく「レース内容で言うと、特にベルギーは更に高い技術が必要なレースが多い。全く石畳などの経験のない日本人選手には厳しすぎる感じもありますので、それに慣れるという意味合いもあります。石畳などは個人的には好きですが、毎週これだと頭が吹っ飛びますからね・・・」

bretagne14
  • bretagne15
  • bretagne16

そう言う水谷監督のチームカーの後ろを走るチームバンには、大会期間中チームを様々な面でバックアップする2人のミッシェルが乗っている。背が高くて細いミッシェル・シャンペと、背が低くて太めのミッシェル・セニヨレ。2人ともフランスのロードレース界に顔が効く存在であり、ブリヂストンアンカーとの繋がりも長い。

「レースの現場は厳しく常にハプニングだらけなので、言葉が話せたり、周りの知人のサポートを得て確実にレースできる環境は重要」と水谷監督は、頼れる存在のミッシェルおじさんたちを迎える。

当の2人でいつもあーでもないこーでもないと言い争いをしながら、朝食会場で手際よく補給食を作る。レース中は土地勘を生かした運転で補給ポイントを巡り、レース後にはそれまでとは全く違う集中した表情で選手のマッサージを行う。いったいこれまで何千人、何万人の身体を施術してきたのか。本人に聞いても明確な答えは返ってこない。

bretagne17

フランス参戦は「遠くて時間のかかる近道」

今後もブリヂストンアンカーは、継続的に、長期的にフランスでの活動を行う。「近年日本でのレースも数が増え、選手のレベルも上がっているが、やはり内容はヨーロッパでのジュニアレベルの内容でしかない」と、水谷監督はフランスから厳しい視線を送る。

「東京オリンピックでメダル獲得など大きな目標に立ち向かうには、日本人選手をフランスに派遣して、数多く本場のレースを走らせる以外に方法はないと思っています」。

このヨーロッパでの活動こそが、選手の成長における遠くて時間のかかる近道である。このように水谷監督は確信している。この日もステージを終え、選手の安全を確認し、選手一人ひとりに声をかけ、次なるステージに向かった。

辻啓(つじ けい)
1983年6月28日生まれ 2009年から海外レースの撮影を行なうフォトグラファー。イタリア留学時にのめり込んだロードレースと学生時代から続けた撮影がいつしか結びつき、東京でのバイシクルメッセンジャー活動を経て現在に。自身も夏場はイタリアでサイクリングツアーガイドを行い、冬場はシクロクロスに参戦する熱心なサイクリスト。