自転車競技が面白くて複雑なのは
一本の方程式が説明してくれる
西薗良太

RYOTA NISHIZONO
vol.1

 僕はロードレースがとんでもなく面白くて、飽きないものだと思っている。だけどそれを人に伝えるのはすごく難しいことだとも実感することが多い。
 これまでロードレースを見ていなかった人に面白さを伝えようとすると、大概YouTubeからレースの動画をひっぱってきて解説を試みる。これはアルデンヌクラシックとよばれるタイプのレースで、起伏に富んでいて、時速は何キロで、この選手がエースで、この選手は今アシストとしての仕事をこなしていて。。。云々。そのうちレースは小休止状態を迎えてタイム差が凍りついた局面になり、特にいうべきことのない時間帯が訪れる。僕はなにかいわなくてはと画像に移る景色や、背景知識をぽつぽつと喋るけれども、相手はなんとなく居心地の悪さを感じている気がする。
 で、ダイジェスト的にレースを決定づけるアタックの場面や、派手なゴールシーンに動画をジャンプさせてまた少し喋る。だけどそれはミステリー小説でいえばいきなりネタバレしてトリックを話してしまうようなものだ。とにかく、見栄えのするシーンはその周囲の文脈なくしては成り立たないのであり、個々のプレイがいちおう独立している野球やサッカーとはちがう。無駄に長くて同じようなシーンが続くようにも思えるのだが、19世紀の小説的にその無駄らしい無駄をすっぱ抜いてしまうと骨しか残らない。アリストテレスのいうように、「全体は部分の総和よりも大きい」のだ。
 どうしてそんな複雑さが生まれるのか、例えば同じ持久系競技であるマラソンやMTBとはなにが違うのか。僕はここでアンチドラマティックにも一本の方程式を引っぱりだしながらその説明を試みたい。(そう、僕は理系出身者なのだ)

表式は以下のようになる

nishizono_graphic1

まだ逃げないで欲しい! 人がペダリングによって前進するためにはエネルギが必要であり、1秒間あたりに消費しているエネルギを仕事率と呼ぶ。車のスペックに馴染みがある人であれば、馬力である。自転車では人間がエンジンになるから同じ単位なのだ。最近ではSRMやパイオニアといったメーカーから様々なパワーメーターというものが発売されており、ほとんどのプロ選手は練習や試合でパワーの記録をとっている。

上の式ではその馬力がどこに消えていくのか4つの分類を示している。どれも自転車が前進するためには必要不可欠なのだが、種類が異なるのだ。
物理の眼鏡を通すと、上の式は以下のようにみえる。

馬力(仕事率)= タイヤの抵抗 + 重力の抵抗 + 加速するための力 + 空気抵抗

この4つの抵抗の重みが刻々と変化していくことがロードーレースの複雑さを生む。

ちょっとの間、自分が選手になったと思ってほしい。どの場面でどの抵抗を気にしなくてはならないだろうか。

(A)平地

平地では「空気抵抗」と「加速するための力」が大問題になる。60kgの選手が1人で走っている場合、例えば時速40km/hで一定で走っていれば以下の様な馬力の振り分けがされる

26 + 0 + 0 + 288 = 314(W)
タイヤの抵抗 + 重力の抵抗 + 加速するための力 + 空気抵抗 = 仕事率

nishizono_graphic2

要はほとんど空気抵抗だ。

だけど集団内、もしくは先頭から3番手以降にいれば、空気抵抗は5~6割になるといわれている。いわゆるスリップストリームというやつで、前の選手が作った空気の流れで後ろの選手は楽ができる。渡り鳥が編隊飛行をするのも、斜め後方にできる空気の流れを最大限利用するためだといわれている。

nishizono_graphic3

ここでざっくり6割だとすると、26 + 288 * 0.6 = 199(W)で集団内にはいることができるのだが、当然ゴールは前から順番である! 200人が3列になっていればざっくりいって100m以上にはなり、先頭と最後尾に10秒以上のタイム差が生じる。どれだけ後ろがラクでも、ゴール前や勝負どころで10秒以上後ろにいては話にならない。だから、当然前に出る必要があるのだが、集団内はギチギチだろうから横を空気を切り裂きながら上がっていく必要がある。このとき、チーム一体となって上がっていけば先頭で風を切るのは1人だけですむ。これがいわゆる「列車」である。万能の方法に思えるけれども、実はそれほど簡単ではなく、十分な道幅がないと先頭に「蓋をされて」いる状態になる。先頭の数人が適当なペースで流していても、道幅いっぱいに広がってしまうとどれだけ脚があっても前に出れないのだ。だから開けた道でどうにか上がってそのポジションを維持する必要がでてくる。これが平坦レースで行われる、危うい位置取り合戦なのだ。右へ左へ、アメーバのように集団が変形し、道が狭くなる直前にできるだけ前にいようとする。早く前に出すぎれば前をキープするための脚を使い果たす。遅く仕掛けると狭い区間に上がり切る前に到達してしまう。

(B)アタック

一定のスピードで走っていれば加速するための力がいらずに楽である。だが爆発力に欠けるためにゴールスプリントを避けたい選手や、戦略上小集団をつくりたい場合もある。そこでアタックを敢行する
 40km/hの集団から、45km/hで抜け出すためには、まず5秒で加速するとして、200W程度加速のために使い、空気抵抗も288 -> 410と激増する。つまり一時的には600+で飛び出し、しばらくは400W+で巡航しなくては小集団をつくれない。

nishizono_graphic4

こうしてある程度力があるか、アタックにいく他の選手を上手にフォローできる選手だけが逃げの権利を得る。マラソンでは空気抵抗がほとんど無視できるので、少し加速すれば前に出れるが、先行するメリットは心理的な意味以外には薄い

(C)登り

登りに入ると突然集団にいるメリットが少なくなる。空気抵抗が減るからだ。10%の坂で20km/hで走っているとすれば、
タイヤの抵抗 + 重力の抵抗 + 加速するための力 + 空気抵抗 = 仕事率
13 + 327 + 0 + 36 = 376(W)

nishizono_graphic5

となり、重力との戦いになる。これは前の選手も後ろの選手も同じで、脚の差がはっきりでて集団がバラバラになりやすく、勝負どころになる。だが、マラソンと違うのはそれまでの集団の位置からスタートは同時ではないということだ。集団最前方と最後方の10秒差が限りなく重みをもつ局面がやってくる。だから、平坦で道が狭くなる時と同様の位置取り合戦が主要な登りの前にはくりひろげられる。
 難しいのは、通常は小柄な選手がパワーウェイトレシオ、つまり体重あたりでだせるパワーが高く、大柄な選手は低いところだ。大柄な選手は体重があまり関係のない平地で強力な牽引力を発揮して小柄なクライマーを登りの前でつれていきやすい。なので、登り勝負であっても重量級のアシストは常に重宝される。

(D)石畳

パリ~ルーベなどに代表される石畳のレースは路面抵抗との戦いになる。

nishizono_graphic6

荒れた路面に路面抵抗が増加し、スピードは落ちるために空気抵抗は減る。細かい加減速が増えるので、加速も大事だ。平坦であれば重力は関係ない。

路面抵抗と戦う大きなパワーが必要とされる。平坦だがスピードが落ちているために他の選手の後ろについていても、空気抵抗の減少分が路面のスムースな平坦に比べると少ない。前でも後ろでも体重と関係ない大きなパワーが必要とされる。ファビアン・カンチェラーラ選手や、ペーター・サガン選手が強い所以である。どこを走るか、どうやって走るかでで路面抵抗は大きく変わってくるのでテクニックも重要な要素になる。ちょっとしたスムースな轍を利用できるか? 荒れた路面でも高速でコーナーリングできるか?など、シクロクロスと似た要素も必要になってくる。

まとめ

ロードレースは絶え間なく変化し続ける道の状況に合わせて、要求される能力も絶え間なく変わる。そしてその能力を分解するには物理学の運動方程式を出発点とした考察が有効であることを紹介した。自転車を進めるために戦う必要がある4つの力ー路面抵抗・重力・加速・空気抵抗の配分がめまぐるしく変わることから、背が高い・低い・重い・軽い選手、ほとんどどんなタイプの選手にもチャンスが有ることが自転車レースの醍醐味である。

次回は今回紹介した式を利用した、タイムトライアルの走り方を少し紹介する。

nishizono1_profile
西薗 良太
生年月日:1987年9月1日
身長/体重:170cm/62kg
鹿児島県出身
2011年東京大学工学部計数工学システム情報専攻 卒業
2011年よりシマノレーシング、ブリヂストンアンカー、
チャンピオンシステムを経験し2013年をもって引退。
2015年より再度ブリヂストンアンカーで現役復帰を果たし、
2012年以来、2度目の2016年の全日本タイムトライアルで全日本チャンピオンに輝く。