JAPAN NATIONAL CHAMPIONSHIP

JAPAN NATIONAL CHAMPIONSHIP TRACK RACE
トラック競技・2種目の全日本チャンピオン

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個人パーシュート / 近谷が連覇

2017年のトラック全日本選手権にて、ブリヂストン アンカー サイクリングチームは、2種目で全日本チャンピオンを獲得した。近谷涼が連覇した4km個人パーシュートと、近谷と一丸尚伍2人で勝ち取ったマディソンである。それぞれの勝利までを振り返る。2017年のトラック競技全日本選手権は、5月13 ~ 14日の2日間、宮城県黒川郡大和町にある自転車競技場で行われた。初日の13日は朝からずっと雨が降り続いていた。そしてここは屋外バンク。伊豆ベロドロームのように屋根はない。だからといって雨で中止になるわけではない。 トラック競技には、いくつもの種目がある。この日、近谷と一丸は4km個人パーシュートに出場した。特に近谷はこの種目で、大きな期待を寄せられていた。本人もそれは自覚している。昨年、この種目で全日本チャンピオンを獲得しているからだ。「去年は、『あれ、勝ったんだ』という印象でした。 もちろんいつかは取りたいと思っていたタイトルですが、今年は追われる立場になった。しかもその3カ月ぐらい前に膝を壊してしまったんです」その膝の故障からの焦りこそが、今年の全日本を象徴する全てだった、と近谷は振り返る。この故障があったからこそ、追われる自分の立場と、もう一度勝利したい、という想いを意識できたからだ。「怪我からの回復時期は、好きだった自転車に乗ることからすら気持ちが遠ざかり、『ダメかな』と思ったこともありました。ただレースの直前に、自分のルーツに立ち返りました。高校生の頃に、よく参加していた合宿にまた参加させてもらったんです」今の高校生と一緒に練習して、昔の気持ちを思い出し、原点に返って一から仕上げ直した近谷。レース当日には、なんとか合格ラインと思えるところまでコンディションを取り戻せていたという。「個人パーシュートを走る時、ボクは対戦相手を見ることはほとんどないんですが、今回の決勝では、相手がどうしても目に入ってきました。雨でコンディションも悪く、決勝では思ったよりも脚が重く、実際にタイムも予選よりも遅いタイムになっていました」

12周の周回数の中も、走っている間は不安が近谷の脳裏をよぎる。もしかしたら負けるかも、との気持ちをなんとかねじ伏せる。そして最後の1km、3周回は、勝ちたいという気持ちだけでペダルを踏んだ近谷。結果は僅差で優勝。全日本のタイトルを連覇した。「ここに来るまで何度もダメかな、と思いました。その苦しみをレースにぶつけ、勝てて、本当によかったなと思います」

マディソン / 一丸・近谷、圧倒的な勝利

そして次の14日も雨は降り続く。この日はマディソンで一丸・近谷ペアが優勝、全日本チャンピオンを獲得した。マディソンとは、2名チームが行う競技だ。333mあるトラックを90周する総距離30kmの内、9回ポイントを獲得できる周回がある。その周回での順位ごとに1位が5点、2位が3点、3位が2点、4位が1点を獲得するというのが基本的なルール。これを選手は一人ずつ走り、途中でタッチをして交代する。この交代が特徴的で、これから走る選手を、それまで走っていた選手は、初速をつけるために投げ出すのだ。交代を繰り返しながら走るので、選手の疲れは回復し、スピードも高いまま展開していく、迫力の種目である。序盤は近谷が元気に動くもタイミングが合いにくかったため、一丸が全体を見ながら「こうしていこう」といった指示を出し展開を決める。それが功を奏し、以後の2人のタイミングはほぼ完璧に。ポイント獲得周回以外の位置取りを近谷が行い、ポイントを一丸が取る、という攻め方で何度も1位ポイントを獲得する。 「自分が交代したいところで交代できてたんで、最高でした。息がバッチリと合ってすべてがうまく行きました」(近谷)「相方が近谷で本当によかったです。前にも1度組んだことがあって、それで気持ちに余裕があったところかなと思います。後半はバンバンポイント取れたんで、特に気持ちよかったですね」(一丸)前日に引き続き、この日もマディソンでの全日本チャンピオンジャージを獲得。圧倒的ともいえる美しい勝利だった。そしてレース後、マディソンが五輪種目として採用されることが発表された。

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JAPAN NATIONAL CHAMPIONSHIP TIME TRIAL
綿密なシミュレーションで西薗が全日本タイトルを連覇

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「走る前からタイムはわかっていました」

2016年度の全日本タイムトライアルチャンピオンであった西薗良太は、2017年6月23日の全日本タイムトライアル選手権で再び勝利し、2017年度も全日本チャンピオンの栄冠を守りきった。その大きな要因となったのは、西薗が得意とするシミュレーションである。「コースを実際に走ったガーミンのデータをもらい、その地形のシミュレーションを繰り返しました。コース特徴はアップダウン、高低差をこなしながらタイムを出せる走りを求めた練習をしました。長い走行時間なので、抜くところは抜き、踏むところでは踏み、タイムを稼ぐという戦略的な走りを考えて」そして本番では、空気抵抗を減らす姿勢を意識して保ち、なるべく力を節約しながらも、その後の登り区間でタイムを稼ぐ戦略を採る。「スピードの急激なアップダウンを避け、滑らかにペースを上げながら、タイムを稼ぐ走りを心がけました。どうしても均一に踏みたくなるんですけど、攻めるところと守るところとを使い分けて、前半を終えました。そこまでで2位と10秒ほどタイム差を稼げたんですが、それでも自分に余裕はない」

そして最終周回、2位の選手との差が4秒差に縮まった、という情報 が、西薗に無線で入ってくる。 「最終周ですし、下り区間ではとにかく踏みたくてしょうがない。でもそのハヤる心をなんとか抑えて、シミュレーション通りのペースを守る。残り半周までとにかく我慢してそこから一気に踏んで、なんとか踏み倒して、優勝することができました。限られた自分の力を活かすため、落ち着いてペース配分できたのが勝因だと思います。そしてここで出した50分というタイムですが、このタイムが出るのは、走る前からわかっていましたよ(笑)」個人タイムトライアルの勝利を決めるのは、すべて事前の準備である、と西薗は常々言っている。コツコツと準備を重ねることが勝利への近道だという、まさにその言葉を体現する、データと準備を重ねた全日本タイムトライアルの勝利、2連覇だった。
*西薗は、2017年を最後に選手生活から引退することを表明した。

JAPAN NATIONAL CHAMPIONSHIP TIME TRIAL
綿密なシミュレーションで西薗が全日本タイトルを連覇

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初めての鎖骨骨折をも、成長の糧に

2017年7月上旬、上田藍はイタリア・リビーニョでの高地トレーニング中に転倒、鎖骨を骨折した。2016年は世界ランキング3位を獲得。2017年に入っても世界トライアスロンシリーズでは8位以内の入賞を重ね、世界トップ・トライアスリートの一員としてふさわしい結果を出し続けた。3月に5位、そして8位。期待された横浜大会ではアクシデントで落車し悔し涙を流したものの、6月にはまた5位。順調に入賞を重ねてきた上田だったが、ここで、思わぬ形でその躍進がストップした。 「私は、シーズンを通して積み上げながら仕上がっていくタイプなんです。今年の前半は、昨年よりも良い結果が出せました。昨年の世界ランク3位を上回る結果を期待していたのですが......」思わぬ形でその好調さがストップした。2010年4月の落車による外傷性くも膜下出血以来となる、けがの試練が彼女を襲う。 「でも、私はあらゆることを全てプラスに変えていくスタイルです。 全治3カ月、と言われましたが、ただ回復を待つ気もなく、できることをコツコツとやっていきたいと思いました」

そこから彼女が行ったのは、徹底的な基礎トレーニングだ。体幹を鍛え、体全体のバランスを整える。普通に体が動いているときなら「補助」だと考えていた基礎練習に真摯に向き合った。 そして2カ月後の9月中旬にオランダでのレースに出場。残念ながらリタイアだったが、まずはここまで体を回復させた。 「不思議なことに、数値でのパフォーマンスが上がっているんです。これまでしっくり来なかった左側の筋肉群が、右鎖骨骨折のおかげで存分に鍛えられたんでしょうね。バイクの練習パートナーも『骨折する前よりフォームがきれいになってる』と驚いてました(笑)」上田が完全復活を目指すのは10月中旬の日本選手権。ここで6度目の勝利を重ねるつもりだ。2020年の東京も、この日本選手権の会場である東京・お台場海浜公園での開催が決定しているからだ。「お台場で勝つイメージを、まずは作ります。そして来年、再来年も。今の私は、心も体も最高の状態ですから」

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