自転車競技が面白くて複雑なのは
一本の方程式が説明してくれる
西薗良太

RYOTA NISHIZONO
vol.2

 2007年から2010年頃は大学生で、全日本学生個人タイムトライアルが毎年の大きな目標だった。その時パワーメーターを利用して、普段のトレーニングを細かく計測し、トレーニングの目標を立て、本番では狙った時間パワーを出しきるということをやりきることで2009年、2010年の学生チャンピオンになることができた。

 このプロセスだけでも当時は革新的といってよいものだったのだが、10年近くが経過した今、物理学のナイフはより深く競技にメスを入れ、同じ体力をもってしても魔法のようにこちらで数秒、またこちらで数秒と稼ぎだすことができるようになってきている。

 中でも役立つ物理シミュレーションについて以下で書いてみる。前回紹介した方程式はある一瞬を切り取ったものだった。つまり、ある時点の速度がわかり、ライダーの体重や空力性能やタイヤの情報を教えてくれれば、その時ライダーが生み出しているパワーを計算することができるというものだ。

 ここでいう物理シミュレーションとはこの一瞬一瞬を積み重ねていくことで、レース全体で要求されるパワーを計算することを表す。実務上では1秒毎の地形の勾配の変化や、ライダーの情報、タイヤの情報を与えることで、全体にかかる時間かパワーのどちらかを算出することが多い。

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具体的に数値で考え方を紹介する。

あるタイムトライアルのコースを用意する。例えば、簡単に4kmの直線に、0〜1kmで平坦、1〜2kmで登り(5%)が、2〜3kmで下り(5%)、3〜4kmで平坦があると仮定する。選手が平均出力にして400Wぐらいで走れるとすると、どうやって走るのが効率よくタイムを縮めることができるのか、直感的にわかるだろうか?

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上の式は複雑なので、式をいじって上の答えを考えることは簡単ではない。なので、とりあえずコンピューター上で4kmを1000mずつ4区間に区切って、

【1】一定400Wで走る

【2】400、600、200、400Wでそれぞれ走る(平均400W)つまり登りで頑張る

【3】400、200、600、400Wでそれぞれ走る(平均400W)つまり下りで頑張る

で比べてみよう
すると、それぞれの計算結果は313秒、294秒、383秒となり、この場合は登りで頑張った場合が速いことがわかる。実際にはペースを上げ下げすると人間は疲れるので、こんなにペース変動させることは得策ではないことが多いけれども、やる気があれば人間の数学的なモデルまで加味してやることができる。

これを発展させていくと、どのホイールで行くべきか?(ホイールの空気抵抗と重量、慣性モーメントのバランス)、TTバイクかロードバイクか?(重量と空気抵抗のバランス)、パワーを発揮できる姿勢でいくべきか空気抵抗を下げる姿勢でいくべきか?ということを全部コンピューター上で計算しておき、実際の計測とすりあわせることができる。実際にプロツアーチームなどがツール・ド・フランスで投入している技術の一つだ。F1の技術面に興味がある人だったらほぼやっていることが変わらないことがわかると思う。

まとめ

40kmのタイムトライアルでも、プロレベルになると数秒差で決まる世界になる。そのくらい人間の実力は僅かな差を争っている。そこで上記のようなペーシングや空力の削減で1%タイムが削減できれば、30秒もの差が生まれ、勝負を変える。

このような分析スタッフを雇わないと世界レベルのタイムトライアルやトラックの種目では勝負にならない時代がもうすでに来ている。

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西薗 良太
生年月日:1987年9月1日
身長/体重:170cm/62kg
鹿児島県出身
2011年東京大学工学部計数工学システム情報専攻 卒業
2011年よりシマノレーシング、ブリヂストンアンカー、
チャンピオンシステムを経験し2013年をもって引退。
2015年より再度ブリヂストンアンカーで現役復帰を果たし、
2012年以来、2度目の2016年の全日本タイムトライアルで全日本チャンピオンに輝く。